大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)170号 判決
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【判決理由】第一、先ず原告の被告石井トメに対する請求につき判断する。
石井トメが賃料一ケ月金二、五〇〇円毎月末日に支払うべきことの定めで昭和三九年一〇月以前から原告所有の本件家屋を賃借していること、被告石井トメが賃借にかかる本件家屋の中階下店舗の部分を、原告のその当時における格別の承諾行為なくして昭和三九年一〇月五日被告峠一士に賃料を一ケ月金三万円と定め敷金七〇万円を授受して転貸し、被告峠一士が右店舗部分を占有使用していること、ならびに被告石井トメの右家屋一部の転貸を理由として原告が同被告に対し昭和三九年一一月一六日書面をもつて本件家屋の叙上賃借契約解除の意思表示をなし右書面が同月一七日に同被告に到達したことはいずれも当事者間に争がない。被告石井トメは本件家屋の賃貸借に関し当事者間においては、石井トメが任意その必要のままに賃借家屋に改造修理等の手入工作を加えるも一切差支なくまたこれを第三者に転貸する等その利用方法は石井トメにおいて随意自由にその決定をなし得べき旨の特約が存し、右特約に基いて被告峠一士との間に前示の転貸借をなしたものであると主張するけれども、被告石井トメの全立証をもつても未だ右趣旨による明示の特約の存在を肯認しうべき確認あるものと認め難い。そして<証拠>を総合すれば以下の事実が認められる。すなわち、
本件家屋は既に太平洋戦争中に被告石井トメの夫喜平が貸主の承諾を得て前借賃人岡本タツから賃借権を譲り受けて居住し一部を不動産周旋業の店舗等に使用していたが、昭和二〇年六月大阪市が空襲を受けた際本件家屋周辺一帯も爆弾焼夷弾攻撃を受け僅かに本件家屋等一棟を残して附近の家屋はすべて焼失破壊し一面の焼野原と化し、本件家屋も焼失倒壊をこそ免れたものの至近弾の爆風のため建物全体が北側電車通りの方向に傾き本件家屋を含む三戸建一棟がその全体に亘つて、屋根は瓦が飛散したりずり落ちたりし或は諸所に陥没もしくは亀裂箇所を生じ、棟木や梁、栓等にも傾きやずれや歪曲等の狂いを生じ天井も一部が抜け落ち、また各戸の屋内の硝子戸その他の建具類がすべて破損し、内外の壁も諸所に壁土の崩落やゆるみもしくはゆがみを生ずる等の被害を受け、屋内から天空を眺められる箇所もある程に荒廃し、次で終戦直後の昭和二〇年九月には台風の襲来による風水害に見舞われ数日間も殆ど二階に達するまで流入した海水中に浸たされていたためやがて家屋各部が腐蝕し初める等内外に亘る破損は一層甚しくなり到底人の居住に堪えない状態となつた。これに対し貸主たる原告はその頃角木喜代太郎に命じて当時解体せられた別の家屋等一棟の建物に転用して屋根の修繕をなさしめたが、もとよりその修繕の範囲と程度は建物全般の必要箇所全部に完全な修復を加えるには至らず、特に著大な破損箇所に対する応急随時的な手入をした程度にすぎず人の住居として使用するに必要な最底限度を満たすまでにも至らないものであつた。そこで当時原告が本件家屋等建物の状況を見分に来た機会をとらえて石井喜平および隣家居住の西岡チヨ等が原告に対し修繕をしてくれるよう申入れたところ、原告は本件家屋等の前記の如き荒廃状況に相応する程の修繕をすることは自分の力では到底不可能であるとして右要求に応じようとはしなかつたが同時に石井喜平等の賃借人の方で各自自己の費用を投じ各自の判断をもつて居住可能ならしめるよう随時任意に所要の手入れや修繕を施すことには貸主として全く何等の異議もない旨表明した。その後戦争中から引続いて兵庫県下に帰郷疎明していた被告石井トメが来阪した機会に喜平はトメと相談のうえ昭和二一年三月頃兵庫県下の郷里で板や瓦その他建物の修理材料を買い集め、また自宅の畳建具等を取外してこれ等を大阪市に運搬するとともに樫本真一等大工二人を伴つて本件家屋に帰り前記資材を使用し約二〇日間を費して屋根の修繕屋内の整備等最底限度居住の必要を満たす程度の応急修理を施し、爾来トメおよび喜平夫婦は引続き本件家屋に居住していたが前記のような甚大な戦災および水害を受けた本件家屋は右程度の応急措置を施した位では到底生活の本拠たるに相応する家屋としての効用を回復するに足らず、かえつて時の経過とともに破損状況は拡大し顕在する徴候を示す有様であつたから、喜平夫婦は緊急現実の必要に迫まられる都度本件家屋の各部につき修繕を施し手入れを加えつつその場を凌いでいたのであるが、やがて昭和二五年夏ジェーン台風に襲われ再び数日間に亘つて殆ど二階まで海水が浸水し家屋内外に被害を受けるに至つた。ところが右台風被害に際しても原告方では貸主として本件家屋に対する何等の修繕もせず、家屋使用継続のためには賃借人の側で各自自己の経済的能力に応じて随時必要可能な程度の修繕を施すほかなかつたので、被告トメもしくは夫喜平においては訴外此花建設工業株式会社(以下此花建設という)に依頼して応急措置を施して本件家屋の使用を継続しその後昭和二八年一〇月頃から同年末頃にかけて被告石井トメはその名義をもつて料理屋を営業するために此花建設に依頼して総額約五〇万円の費用を投じて本件家屋店舗部分内部を営業向きに模様替えするとともに、前記の如く打続く災害にも拘らずその都度の応急措置しか施していない本件家屋内外各部に亘り前記模様替改装等と不可分の工事として建物補強を目的とする各種修繕工事を施行し、その後も反覆して被告石井トメもしくは夫喜平の負担で昭和三三年一一月には費用額四万二、〇〇〇円相当の塀修理をし、昭和三四年二月から年末までの間には総費用額約五六万八、〇〇〇円を投じ各その都度の営業上の必要に出た土間コンクリート敷、店舗の改装模様替等の工事ならびにこれと不可分な工作として二階その他の建物の部分的補修工事をなし、更に昭和三五年、三六年および三八年の各年度に費用総額約六、二七〇円を支出して瓦取替、鉄板張その他による屋根の修繕工事をなした。その間喜平は昭和三七年六月死亡し爾来被告石井トメが原告に対する賃料支払につき格別の遅滞もなく本件家屋で小料理店、キャバレー等と業態を変えながらも独力で営業を継続しているうち昭和三九年六月頃右膝関節ロイマチス肺気腫心不全等の疾病に罹り同年六月三〇日から七月一四日までと同年七月一八日から八月一二日までの二回に亘り入院治療の止むなきに至り退院後も全治せず、日常の起居も不自由となつて営業もできなくなつたため、主として生活費および療養費調達の目的をもつて被告峠一士に対し同年一〇月五日附をもつて期間を同日以降昭和四一年一二月末日までのほぼ二年間、一ケ月につき金三万円の定めにより本件家屋階下店舗の部分約一五坪(四九、五八平方米)を転貸し、右転貸借についての敷金として被告峠から金七〇万円を受領した。かくて被告峠一士は右転貸借に基き本件家屋階下店舗の部分を占有し、木台を新設し既存の小部屋を土間に改造する等もつぱら寿司屋営業の目的に副う店舗内部の外装の整備や模様替えという程度を出ない手入や工事を施して同営業を継続している。
以上の事実が認められ、<中略>叙上認定の事実によれば、原告は被告石井トメもしくは夫喜平に対しトメもしくは喜平が自ら賃借人本人もしくはその家族として直接本件家屋を自ら使用占有することのみを予定して、右直接かつ事実的使用に必要な限りにおいて、その都度の原告の承諾を待たず随時任意に本件家屋の修繕改造その他の手入や工作を加えても、原告としてはこれに何等異議ない旨を事前に包括的に承諾をしたものであつて、同被告が本件家屋を更に第三者に転貸し第三者の直接かつ事実的占有使用に委ねることまでをも予め一般的に承諾する意思表示をなした事実のなかつたことを推認することができる。したがつて被告石井トメの本件家屋転貸自由の特約の主張は採用することができない。
なお被告石井トメは、本件家屋は当初原告から賃借使用していた家屋に同被告が自己の負担をもつて補修改良工事を反覆実施したことにより全くその旧態を失つて同一性なき新築家屋となり、同被告において一旦所有権の原始取得したものを、賃借権の譲渡、転貸、改造模様替等使用収益方法選択の自由を留保のうえ原告に贈与し改めて原告から同被告が賃貸借して現に占有する旨主張する。しかしながら<中略>かえつて前記認定の事実経過に徴するときは本件家屋に対し被告石井トメの加えた各種手入工事はすべて破損箇所の部分的修繕もしくは部分的改良行為の域に止まるものでこれによつて賃貸借の目的たる家屋の同一性に変動を来すものではなかつたことを認めるに足りるし、被告主張の右贈与の事実もこれを肯認するに足りる証拠はない。したがつて被告石井トメは本件家屋を他に転貸するにつき受けるべき原告の承諾を得ず無断で被告峠一士との間に前記転貸借を締結したものというべきものである。
これに対し被告石井トメは被告峠一士に対する本件家屋の右転貸借行為には原告との間における原賃貸借関係上の背信性が欠除し右転貸借を理由として原告に本件家屋賃貸借解除権が生ずるものではない旨抗弁する。そして原告は被告の右抗弁に対し、先ずその時機に遅れた防禦方法の提出として却下を求め、却下せられないとしても被告石井トメは原告に対し任意差入れた昭和三七年五月三〇日附契約書の記載をもつて特に第三者に対する本件家屋の無断転貸をなさない旨誓約したものであるから、被告峠一士に対する無断転貸は右約定に違反し背信的行為というべきものであると主張するので考察する。
当裁判所は本件審理の経過に照らし、被告石井トメの右背信性欠缺の抗弁の提出が訴訟の完結を遅延せしめる原因たるものとは認めないからこれを却下しない。次に<証拠>を総合すれば、被告石井トメは昭和三七年五月三〇日附賃借人名義同被告本人、保証人名義石井美智子と表示し各名下に押印し名宛人を原告と表示した「家屋賃借契約証書」と表題した書面を原告宛郵送し当時原告がこれを受領したことならびに同書面記載契約条項第三条として賃借物件を第三者に転貸し又は賃借権を譲渡し或は他人を同居せしむる等の行為は一切なさざるべき旨の記載がなされていることを認めることができ、被告石井トメ本人尋問の結果の中右認定に反する供述部分は弁論の全趣旨に照らして信用することができず、他に右認定に反する証拠はない。しかしながら<証拠>を総合すれば、被告石井トメの夫喜平は一時本件家屋の階下の一部を事務所として不動産の貸借等取引の周旋業を営んでいたが死去したので被告石井トメが爾後単独で本件家屋を使用して飲食関係の営業を継続するにつき、将来亡喜平の親族との間に本件家屋利用権の帰属をめぐつて利害の紛争を生ずることを虞れ、逸早く喜平歿後の本件家屋賃借人名義を確保し形式上もこれを明確にしておくことによつて前記のような紛争を未然に予防することを主意として、賃料集金に来訪した原告に対し、従前喜平とせられていた賃借人の名義を自分に切りかえるよう要望したところ、原告から改めて被告トメを賃借人と表示した賃貸借契約書を作成するよういわれた、そこでトメは喜平生前その前記営業上に使用すべく用意していた各種条項を印刷済みの家屋賃貸借契約書用紙が手許に残存していたのを幸いに漫然これを使用することにしてこれに署名もしくは記名して押印のうえ原告に郵送したものであつて、被告トメとしては実質上従前と全く同一の内容を維持して本件家屋賃貸借関係を将来に継続してゆくにつきもつぱらその賃借名義が同人に存することを明確にすべき形式を整備することをのみ意図していたものにすぎず、右書面の作成交付にあたり、特に改めて原告との間に、書面記載の内容をもつて本件家屋賃貸借関係の実質を律すべきものと定める旨協議協定した事実もなく、その意思もなかつたものであることが推認せられ右認定を覆えすに足りる証拠はない。したがつて被告石井トメの原告に対する叙上契約書差入れの一事を捉らえて直ちに同被告の被告峠一士に対する本件家屋の転貸借が基本賃貸借関係上の背信性を示すものと解することができない。そして原告と被告石井トメとの間における本件家屋賃貸借関係における前記認定の如き経過ならびに被告石井トメと被告峠一士の間における本件家屋転貸借契約の内容およびこれに基く被告峠一士の本件家屋の現実の占有使用状況等を総合考察するときは、被告石井トメの被告峠一士に対する本件家屋一部の上記転貸借の行為には未だ、原告をして引続き被告石井トメとの賃貸借契約関係の拘束に服せしめることを不当と認めしめる程の背信性はないものと解するのが相当である。
そうだとすれば、原告は右転貸借を理由として被告石井トメに対し本件家屋賃貸借の解除権を取得したということはできないのであつて、原告主張の被告石井トメに対する解除の意思表示はその効力を生ずるに由なく、原告と被告石井トメの間においては本件家屋賃貸借は引続きなお有効に存続するものであつて、その解除消滅を理由とする同被告に対する原告の本訴請求は理由がないものといわなければならない。
第二、次に原告の被告峠一士に対する請求につき判断する。同被告が昭和三九年一〇月五日被告石井トメからから同人が賃貸借中の本件家屋の中階下部分を、その際特に原告の承諾を受けることなしに、賃料一ケ月金三万円と定め敷金七〇万円を授受して転借しその占有をしていることは当事者間に争がなく、被告石井トメの右転貸行為につき、それが原賃貸人たる原告に対する賃貸借関係上の背信性を意味するものと認められない特段の事情の存することは、先に原告の被告石井トメに対する請求の判断につき説示したとおりである。そしてこのように賃借人の転貸借行為につきそれが基本賃貸借関係上背信性を欠き、原賃貸人において右転貸借を理由として基本賃貸借契約の解除権を取得したものとなすことを得ない場合には、その反射的効果として当該転借人はその転貸借に基く目的物の使用収益権能を賃貸人に対抗し得べきものと解するのが相当である。
けだし転借人の目的物に対する使用収益権能は基本賃貸借契約により先ず原賃貸人から適法に賃借人に委付せられ、次で転貸借契約によつて転借人が更に賃借人から伝来分与せられた原賃貸人の目的物所有権の一内容たる権能と認められるところ、当該場合の転貸借をもつて基本賃貸借関係上の信頼関係を破る程の不当性なしとして転貸借を理由とする原賃貸人の契約解除の効力を認めないことは、とりもなおさず原賃貸人につき、賃借人から転借人えの再度の目的物使用収益権能移転の行為を理由としては基本賃貸借契約の効力を否認することを法律上認めずして原賃貸人から賃借人えの目的物使用収益権能の委付の効果を引続き賃借人の手に維持保留せしめるべきものとなすに帰し、このような結果を容認することは、目的物の使用収益能の特定の転借人えの現実的帰属状態をもつて基本賃貸借関係そのものの正当な実現と同一視することを意味するものに外ならないからである。したがつて原告の被告峠一士に対する請求も爾余の点の判断をするまでもなく理由がないというべきである。(日野達蔵)